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「二刀流を歩む大谷翔平と栗山監督の絆」 指揮官の思いを伝えた言葉の力。

健友館ゆうき整体院の栗野雄二です。

WEBサイトをご覧いただきありがとうございます。

プロ野球が開幕して、1ヶ月半が過ぎようとしてますが、

投手と野手の二刀流で注目を集め、確実に力をつけてきた

日本ハムの大谷選手と栗山監督の感動秘話があったので、

掲載しました。

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運命のドラフトから始まった北海道日本ハム・栗山英樹監督と大谷翔平の挑戦の日々。時に周囲の批判の声にさらされながらも、敢然と二刀流に挑み続けてきた。並々ならぬ覚悟を胸に、道なき道を歩む2人の知られざる絆の物語をお届けする。

衝撃だったメジャー挑戦表明

 言葉は思い、思いは言葉──という。だからこそ人間は「言葉」という方法を用い、思いを伝えていく誰もができるすべである。

 野球ファンはもちろん、今や日本中から注目を集める大谷翔平、そして彼が「二刀流」として投げて打って、超一流の道を歩んでいく道のりをじっと見つめ続ける栗山英樹監督。プロ野球という最高峰の世界でつかず離れず、強固な絆で結ばれている二人には「言葉」はかけがえのない貴重なメソッドであることは言うまでもない。

 岩手・花巻東高時代から160キロの豪速球を投げ込み、打っては日の丸を背負い高校選抜チームで4番を務めた大谷はドラフト前、自分の指針を“本場”米国に定めたことを表明した。僕はこうなりたいと将来像を素直に表現したことに周りの大人は大きな衝撃を受け、その状況で焦ったのはプロ野球界だったはずだ。

 大阪桐蔭高の藤浪晋太郎(現阪神)と双璧とされた2012年ドラフト会議の超目玉から指名回避する球団が相次ぐ中、日本ハムは「その年の最高の選手をいの一番に指名する」球団方針を変えなかった。現場の最高責任者である栗山監督は同年、就任1年目で鮮やかなリーグ優勝を成し遂げていた。コーチ経験がないばかりか、1990年にヤクルトで現役生活を終えると20年以上ユニホームすら着ていなかったが、いきなり実績を含め、物足りなさが残る斎藤佑樹を開幕投手に抜てきするなど、選手を信じ切り、思いを言葉として丁寧に伝える采配で戦前の決して高くはなかった評判を覆しての覇権奪取を果たした。

18歳の気持ちを変えた言葉の力

12年オフ、当初はメジャー行きを公言していた大谷を翻意させた要因のひとつには指揮官の言葉があった
12年オフ、当初はメジャー行きを公言していた大谷を翻意させた要因のひとつには指揮官の言葉があった【写真:BBM】

 迎えた初体験のドラフトはまさに運命の日となった。大谷強行指名を栗山監督は心中で深く納得していたはずであり、確固たる自信があったに違いない。球団の思いを伝えるとともに、自分の言葉と信念で18歳の球児を導き、将来は世界一とうたわれる選手にしていくと決心した日。ドラフト会議前に高校卒業後からメジャー入りを希望を表明していた大谷は、日本ハムの指名直後も日本球界入団の可能性を「ゼロ」とまで言っていた。

 野球=米国であり、米国=世界一という当時の定義があったはずだが、日本ハムスカウト陣がむやみに強行指名したのではなく、きっちりとした“確信”があった。プロとしては唯一無二の二刀流を促進させ、また将来的には世界の大舞台で羽ばたかせるためのプランをしっかりと説明。もちろん栗山監督が一端を担っていたことは間違いないし、キャスター時代に日米を中心に世界各国を野球行脚し、得てきた知識を余すことなく伝えた。

「夢は正夢」

 栗山監督が用いるすべての言葉にはまさに思いが凝縮されている。どんな困難にもファイティングポーズを絶対に失わず、周囲に語りかけることで理解と絆を深め、貫いてつかんだリーグ制覇。夢を現実にした指揮官が、1人の若者を本物にするために出した答えは「日本ハムに来い。一緒に野球をやろう」だった。

 真っすぐな言葉の力。大谷は「新しい道を球団に教えてもらった」と語った。160キロを投げ込み、高校通算56本塁打を放ってきた超大型選手とはいえ、まだまだ未成年。即座に米国挑戦という思いを「一時のたわ言」と片付けた関係者もいたが、球団と栗山監督は勇気を持って言葉に表した大谷を最大限に評価し、ヒザをつき合わせて幾度となく語りかけ、耳を傾け、そして両手を広げて受け入れた。熱く真面目な思いをシェアできた瞬間、「二刀流・大谷翔平」が誕生した。

北海道から世界に羽ばたく姿を見守る指揮官

入団3年目の今シーズンは開幕投手も務めた。大谷は球界を代表する存在へと進化を続けている
入団3年目の今シーズンは開幕投手も務めた。大谷は球界を代表する存在へと進化を続けている【写真:BBM】

 昨年10月5日に大谷が162キロという日本人最高球速を示しても監督は「当然」という装いを崩さなかった。大谷だけではなく、日本ハムの監督として預かり起用する選手たちすべてに対して同じ姿勢だ。それは選手個々の内面、外面を総じて把握し、「俺が使うんだから、やって当然」というあえて放つような表現こそ、監督と選手の絆を深めていく一つの栗山流評価なのだ。

 二刀流はどこまで行くのだろう。「そろそろどちらかに」という声はこの3年で極端に少なくなり、いまや賛同され、背中を押す意見も広がっている。そんな世論に対して栗山監督は何を感じているのだろう。

 今シーズンは3年目の大谷を開幕投手に指名。そして同時に「内容、結果、姿、チームが優勝する上で必要なものすべて」と同時に要求した。日本のエースをつくり出すことが使命と自分に言い聞かせながら、ともに歩んできた月日。1つの階段を上らせるため、難しい試練をまた与えた。

「将来、お茶を飲みながら、今の選手たちが大きく活躍する姿を見たいよね、遠くから。思い出すだろうね、あの時、こうだった、ああだったって。それでいいと思うんだ」

 大谷が入団1年目の13年に栗山監督が話してくれた。きっと大谷翔平という無限大の選手が準備体操を始め、ゆっくりと大きく、そして一歩ずつ自らの力強さが増してきたことを自覚しながら、北海道という滑走路を走り出していくプロセスを栗山監督はいつでも見ている。

 互いの「思い」を「言葉」に表しながら見つめ続けている。もっと、もっと大きくなれ──。きょうもブルペンに入り、打撃練習を平然と行う大谷を眺めながら、栗山監督は静かに笑みを浮かべながら、うなずいている。

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