エコノミークラス症候群
飛行機だけではない
「ゴールデンウイーク」も真っ只中、国内外の旅行を予定している人も多いのではないでしょうか。長時間の移動で気を付けたいのが「旅行者血栓症」いわゆる「エコノミークラス症候群」です。「ロングフライト症候群」「ロングトラベル症候群」など、さまざまな呼び名がありますが、最近では病名として、「静脈血栓塞栓症」が使われるようになってきています。この病気について、福島県立医科大学・心臓血管外科学講座の佐戸川弘之准教授のお話です。
二つの病気を関連して捉える
主に足(下肢)の静脈に血栓ができる病気を「深部静脈血栓症」といいます。
この病気が原因となり、血栓が肺に飛んで肺の血管に詰まってしまう病気を
「肺血栓塞栓症」といいます。かねてから欧米では、この二つの疾患を、
一連の病気と捉えて診断・治療を行うという考え方がありました。
それが日本でも一般的になり、「静脈血栓塞栓症」が、
いわゆる「エコノミークラス症候群」と同じ言葉として使われるようになりました。
厳密には、特に飛行機の中で起こる「深部静脈血栓症」に伴う
急性の「肺血栓塞栓症」を「エコノミークラス症候群」と呼んでいます。
血液が固まって起こる
長時間、いすなどに同じ姿勢で座っていると、足の血流が悪くなります。
「静脈血栓塞栓症」は、一般的に、①血液がうっ滞(停滞)する
②血管の内膜(血管壁)が壊れる③血液が固まりやすい過凝固状態にある――
こうした場合に、起きやすいといわれています。
長時間、足を動かさずに同じ姿勢でいることが原因となりますので、
決して飛行機の「エコノミークラス」だけで発生する病気ではありません。
例えば、多いのは、寝たきりの人や、入院や手術をして
安静にしなければならない人です。
特に手術後は、出血を抑えようという体の働きが活発になり、
血液が固まりやすくなりますので注意が必要です。
また、先天的な要因として、生まれつき血液が固まりやすい
「アンチトロンビンⅢ欠損症」「プロテインC欠損症」「プロテインS欠損症」など、
血液を固める仕組みに障害のある病気、後天的な要因として、
「抗リン脂質抗体症候群」などの病気も、危険因子として挙げることができます。
近年では、東日本大震災の後、車中泊をした被災者が、狭い車中で、長時間足を下げたままでいたことで、血栓症が起きやすい状況にありました。
また、高齢になったり、肥満になったりすると、運動能力が下がるとともに、
膝や腰の痛みから、運動を避けがちです。
そうすると、どうしても血液が停滞して血栓ができやすくなります。
多様な症状に注意
初期症状としては、足(下肢)がむくんだり、腫れたりします。
「肺塞栓症」になると、ドキドキしたり、胸が苦しかったり、あるいは咳が出たりします。
重症化すると、足が痛くて歩けなくなり、血圧が下がり、呼吸困難や失神が起こり、
生命に関わるような状況に至ります。多様な症状がありますので、
少しでも、この病気のリスクがある場合には、疾患の可能性を疑うことが大切です。
最近の診断では、血液検査で、「ディーダイマー(D―dimer)」という物質を測定し参考にします。
この物質は、血液の中に血栓があると多く出現することが分かっています。
そこで、「ディーダイマー」を測定して、数値が高ければ、
この病気の存在を疑うようになりました。
以前は、確定診断のために「肺動脈造影」や「静脈造影」という、
患者さんの体に対する負担の大きい血管撮影法が行われてきましたが、
最近では、超音波検査や静脈造影検査(CT検査)などで、
ほぼ確定できるようになりました。
まめに足を動かし予防を!
新しい治療薬も登場
治療法の第1選択は、「抗凝固療法」といわれる薬物療法になります。
これには、「ヘパリン(注射薬)」「ワルファリン(経口薬)」などの
抗凝固薬(血液を固まりにくくする薬剤)が用いられ、血栓をできにくくします。
抗凝固薬としては、以前はこれらの薬のみでしたが、
最近は新しい注射薬や経口薬が使用できるようになっています。
最近、「エドキサバン」という内服薬も使われるようになりました。
以前はワルファリンでは、薬の効果が現れるまで、
数日間の入院治療などが必要でしたが、新しい薬では、数時間で効果が出てきますし、
適応に制限がありますが予防的な使用も可能であり、治療法も大きく変わってきています。
薬物治療としては、次に合併症などのリスクを考慮した上で、
より積極的な治療法として、薬物で血栓を溶かす「血栓溶解療法」が行われます。
さらに症状が強く、重症の場合は、外科的治療法である「血栓摘除術」や、
「カテーテル治療」を行い、血栓を吸引したり、直接溶解する治療が行われます。
しかし、これには高度な技術や施設が必要です。
AEDは効果がない場合も
急性の「静脈血栓塞栓症」で倒れた場合、心臓マッサージや
「自動体外式除細動器(AED)」を使用しても、肺動脈が詰まっているので、
効果がない場合があります。
その場合は、迅速に「経皮的心肺補助循環装置(PCPS)」を装着し、
血液の循環を維持しなければいけません。
よって、このような重症に陥らないように、まず予防を心掛けることが第一です。
動脈から流れた血液が血管内に充満するのに要する時間は、
約10分といわれています。
足は第2の心臓といわれますが、足を動かすことによって「ポンプ作用」が生じ、
血液が押し出されます。そうすると、静脈の圧力が下がり、血栓はできにくくなります。
ですから、予防のためには、まめに足を動かすことが大切です。
運動や挙上(脚を上げる)、マッサージも同様の効果があります。
治療用の「弾性ストッキング」などを利用することでも、
足のポンプ作用を補助することができ、大きな効果があります。
飛行機では、座席前ポケットに、機内でできる運動が紹介されている
カードなどが入っていることがありますので、参考にしてください。
加えて、一般的には、水分補給も推奨されています。
いずれにせよ、的確な予防法によって避けることができる病気です。
病気に対する理解を深め、長時間の旅行や入院治療を受けたりする人、
体を動かしにくいなど危険因子のある人は、特に注意し予防に努めてください。